大判例

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名古屋地方裁判所 昭和45年(行ウ)23号 判決 1972年11月08日

原告

渡辺道次

右訴訟代理人

伊藤泰方

外六名

被告

名古屋市長

杉戸浩

右訴訟代理人

鈴木匡

外五名

主文

一、被告が原告に対して昭和四五年三月一三日付をもつてなした失職通知書に基づき、原告を同年二月二七日限り失職せしめる旨の処分はこれを取消す。

二、訴訟費用は、被告の負担とする。

事実《省略》

理由

一、原告が昭和三七年四月二七日被告の職員(正確には業務員)に採用され、それ以来清掃局現業員として稼動していたこと、被告は、原告に対し昭和四五年三月一三日に、そのころ到達の書面を以つて本件失職通知を発したことは当事者間に争いがない。

被告は、本件失職通知は行政処分ではないから本訴は不適法である旨主張するので、先ず本件失職通知が行政処分にあたるか否かにつき判断する。

地公法二八条四項は、「職員は、一六条各号(三号を除く。)の一に該当するに至つたときは、条例に特別の定めがある場合を除く外、その職を失う。」と規定し、同法一六条は、「左の各号の一に該当する者は、条例で定める場合を除く外、職員となり、又は競争試験若しくは選考を受けることができない。(一号略)(二号)禁こ以上の刑に処せられ、その執行を終るまで又はその執行を受けることがなくなるまでの者」と規定している。

また同法二八条四項に基づき制定された本件条例八条(後記認定の本件条例八条の立法の経過や、同条が地公法二八条四項の当然失職の例外規定であることに徴し、本件条例八条の根拠規定は、同法二八条四項である。)は、「任命権者が情状により特に斟酌すべきものがあると認定した事実を原因として法一六条二号の規定に該当するに至つた職員のうち、その罪が過失によるものであつて且つ刑の執行を猶予された者は、当該猶予を取り消されない限り、その職を失わない。」と規定している。

以上の各規定からすれば、本件条例八条は地公法二八条四項の当然失職事由の除外事由を定めたものとしてこれを補充し、これと一体となる規定であることは明らかであるから、地公法で定める一般職の職員の失職は、地公法一六条二号所定の欠格事由該当者のうち、過失犯であつて刑の執行を猶予された者に限り任命権者の認定(情状により特に斟酌すべきものがあるか否かの認定)にかからしめていると解するのが相当である。

してみると、任命権者が斟酌すべきものなしとの認定をすれば、当該職員は失職することになり、当該職員の身分関係に変動を生ぜしめることになるわけであつて、任命権者のこのような認定は実質的にみれば行政処分としての性質を保有していると解せざるを得ない。

そして任命権者のこのような認定が行政処分として、その効力を発生するには、当該職員に対し、その旨の意思表示をなすことを要し、本件失職通知は任命権者である被告のした右意思表示をも包含していると解されるから、本件失職通知はその点において行政処分としての性質を有していることは明らかである。

二、つぎに、地公法は、同法四九条一項に定める処分に対する取消訴訟につきいわゆる審査請求前置主義を採用し、人事委員会または公平委員会に対し審査請求しその裁決を経た後でなければ提訴できない旨定めている(同法四九条の二、五一条の二)のに、原告が右手続を経由していないことは、原告の自認するところであるので、本件に地公法四九条の二が適用されるか否かについて判断する。

地公法五七条は、単純な労務に雇用される者その他職務と責任の特殊性に基づいて地公法に対する特例を必要とするものについては別に法律で定める旨規定している。

右の法律はいまだ制定されていないが、地公労法附則四項は地公法五七条に規定する単純な労務に雇用されている一般職員のうち地公労法三条二項の職員以外のものに係る労働関係については同法(一七条を除く。)および地公企業法三七条ないし三九条を準用する旨規定している。

ところで地公企業法三九条は地公法四九条および行政不服審査法の規定は適用しない旨を規定している。従つて、同法四九条の二から五一条の二までの規定も当然に適用されないことになると解するのが相当である。

原告が名古屋市業務員(清掃局現業員)として採用されゴミ収集車に随伴してゴミを積込む作業に従事していたことは当事者間に争いがなく、その職務に照らし原告が単純労務職員に該当することは明らかである。

従つて、原告は地公労法附則の四項の適用を受け、地公法四九条から五一条の二までおよび行政不服審査法の適用を受けないことになる。

よつて、原告が人事委員会または公平委員会に対して審査請求をなすことなく直接提起した本件取消訴訟は適法である。

三、よつて進んで本案につきその当否を判断するに、原告が被告主張の日時場所においてその主張のとおりの本件事故を惹起し、そのため被告主張のとおり禁錮一〇月執行猶予五年の刑事判決を受け、右判決は被告主張の日時に確定したことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、次の事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(一)  原告は本件事故当日早番勤務を了え、職場の同僚と共に忘年会をするべく、通勤用の自車を時速約三〇粁で幅員七米(片側約3.5米)の道路上を進行中、一度は前方約19.8米の地点に原告と同一方向に道路左端を歩行中の訴外横地はぎ(当時八〇才)を発見したが、同女がその場に立止つたのを見て、センターライン中央寄りを進行し、対向車に気をとられていたため、突如として道路中央に歩き出た同女に自車前方約2.9米の所で気付き、急制動の措置をとつたが間に合わず自車を同女に衝突させた。以上のような本件事故の経過からすれば、原告に前方不注視の過失は存在するが、被害者である訴外横地はぎにも後方の安全を確かめず道路を横断しようとした点において相当な過失が存するというべきである。

(二)  本件事故については原告と右横地はぎの姪との間に示談が成立し、同人人より原告の本件事故に対する刑事事件の際嘆願書が提出されており、原告から被害者側に葬式代その他に約五〇万円が支払われている。他方原告の勤務態度は真面目で同僚との仲も良く本件事故につき深く反省している。

(三)  名古屋市交通局において本件条例八条に基づき斟酌すべき事情ありと認定し失職させなかつた例は過去四件存在し、いずれも公務遂行中(市バスの運転中)の業務上過失致致死傷事件である。その四件は、(イ)禁錮一〇月執行猶予三年、過失は左右の安全確認義務違反、(ロ)禁錮八月執行猶予三年、過失は前方不注視、(ハ)禁錮一〇月執行猶予三年、過失は左側安全確認義務違反、(ニ)禁錮一〇月執行猶予三年、過失は前方不注視であつた。特に(ロ)は横断歩道上の事故であり一審では禁錮八月の実刑判決が、控訴審において執行猶予付に変更されたものであつた。

四、以上に認定した本件事故の態様、情状、および原告の受けた刑と名古屋市交通局における本件条例八条の適用例とを比較すると殆んど大差はないばかりか、(ロ)の事例に比べると原告は、情状においてより斟酌すべき事情が存するとさえ言い得る。

従つて、原告は本件条例八条の適用対象者たる資格を保有しているものと考える。

五、被告は、本件条例八条の適用対象者は公務遂行中の職員に限定されるべきであると主張するので以下右主張の当否につき判断する。

(一)  地公法二八条は公務の信用性を維持し、公務員の責任を重視し、公務員の高潔性にかんがみ同法一六条所定の欠格条項該当者を一律に失職とするため制定されたものであり、同法一六条二号にいう禁錮以上の刑に処せられた者とは、公務遂行中の者か否かにかかわりないのである。従つて同法二八条に基づきこれと一体となり同条の除外事由を定めた本件条例八条の適用対象者は公務遂行中か否かにかかわりなく定められねばならぬ筋合のものであり、同条を、被告主張のように限定解釈することは、根拠規定である地公法二八条の立法趣旨に矛盾ていしよくし、許されないものといわねばならない。もし、被告主張のような限定解釈をすると、公務外で事故を起こし、執行猶予付の刑に処せられた者は、たとえどのようにその過失が軽く、情状が良好であつても、本件条例による保護を一切受けられなくなり、著しく不合理な結果を招来することになる。

たしかに、公務遂行中の行為に対し、本件条例八条を適用することは、被告が主張するとおり、公務遂行の士気を低めず、また公務遂行中の行為であれば過失の内容、情状等につき資料が得やすく判断もしやすいという利点は存するが、それは同条を公務遂行中の行為に適用することの理由とこそなれ、公務外の行為に対し同条を適用しないことの合理的理由となるものでない。

これを要するに、公務遂行中の事故であるということは、あくまで本件条例八条にいう斟酌さるべき一事情にすぎず、これを同条適用の必須の要件と解すべきではない。

(二)  もつとも、<証拠>によれば次の事実が認められる。

昭和三三年一一月一一日市労連小林義信委員長から当時の名古屋市長小林橘川に対し、業務上過失致死傷事件について地公法二八条四項に基づく条例を制定してほしいとの要請があり、これを受けて被告は、昭和三四年二月二八日本件条例八条案を名古屋市議会に提出し、同年三月一七日可決され、同年四月一日施行された。被告が本件条例の制定を決意したのは、公務遂行中の者を救済する必要ありとの考えに起因し、議会においてもその旨の説明がなされ、同年五月上旬ごろその旨の内部通知をなし、現在にいたるまで公務遂行外の事故に対し同条を適用した例はない。

被告は、本件条例制定については、被告と市労連との間に適用対象者を公務遂行中の者に限定する旨の合意が成立している旨主張し、証人間弼誠は右主張に副う供述をしているけれども、右供述部分はたやすく信用し難く、他に右主張を認めるに足りる証拠は存しない。

以上に認定した本件条例制定に至る一連の経緯は本件条例の解釈につき一資料となることは明らかであるが、それ以上のものではないから、同条の適用を公務遂行中に限ることに合理性の存しないこと前記のとおりである以上、右一連の経緯は、被告の主張を維持するに足りる証拠とはなし得ない。

(三)  以上説示したとおり、本件条例八条の適用対象者を公務遂行中の者に限定さるべきである旨の被告の主張は失当であること明らかであるから、本件事故が公務外の事故であることを理由に本件条例八条の適用をせず、地公法二八条四項に従つてなされた本件失職通知は被告の裁量権の範囲を逸脱した違法が存する。

六、よつて本件失職通知の取消を求める本訴請求は理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(松本武 渕上勤 植村立郎)

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